もう一つの仏教学・禅学

新大乗ー本来の仏教を考える会

    

推薦図書

西義雄「原始仏教に於ける般若の研究」大東出版社、昭和53年。

 般若は、悟り、如実(苦のない根源)を悟ることである。本書で、すでに、釈尊と同じ成道をえるのは、縁起の思惟によるのではなくて、禅定によるということが論証されている。心を変えていく、行動による。したがって、心で苦悩する他者を指導し、救済できる。社会性が生まれる。「仏教は縁起のみ」という説を批判するすぐれた先行研究である。心解脱が原始仏教の重要な目的であった(366頁)。原始仏教経典はいずれも禅定を重要な修道としている(293頁)。十二縁起は、禅定の修行をしなくても意識(了別)によって、理解され得る(194頁、367頁)が、縁起を理解したのを「慧解脱」と呼ばれた。「慧解脱」は、心解脱の前の一過程となす経典がある(367頁)。禅定を要求したということは、真の悟りは、十二縁起という思惟でわかることを超えたものであるということである。
 真の悟りを得たという比丘がくると、釈尊は、他心通、寂静解脱を身に現證しているかを点検したという(368頁)。他心通は、他人が貪りの心を持っていること、解脱しているかどうかを見抜く力などを持つことである。このことによって、苦悩する人の苦の原因や執着しているものがわかるので、適切に導くことができる。寂静は、そのような寂静を身に経験したかどうかを点検されるのである。了別が全く絶えた体験(見性)があるかである。
 悟りをさまたげ、悟り(自他の苦の解決)への修行をしようとしない執着の一つに「見(けん)」がある。「この「見」は、更に総じて、一に執して他を認容せざる宗我的意見の固執や、これによる無義の排他性なども含むと見てよいであろう。」(383頁)と西氏は言う。
 人間は、思想だけでは生きない。好き嫌い、感情に大きく左右される。自分が嫌いだから、感情を起こす。それによって、他者の意見や行動を否定してはならないだろう。排他的ではいけない。そう考えるだけ、いうだけではいけない。生活に実現しなければいけない、そこが仏教の原点でありそうである。

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